#百合文芸投稿作8100/20000字
躊躇なく銃口を向けて、スノーは質問した。
「貴女、この街の人間ではありませんね。何をしに来たんです? まさか観光とは言いませんよね?」
「……観光に来たと答えたら?」
「どこで何を見たか、全て話して貰います」
「街に着いたのは昨夜なの。観光は今日から」
「昨夜はどこにいました?」
「見てわからない?」
胸元に枕を押し当てながら、シャモンは艶然と微笑んだ。昨夜ここで何があったか、一目瞭然だった。
銃口を向けたまま、スノーは部屋の隅に視線を投げる。
「その旅行鞄は貴女の物ですね? 中を見せてください」
「断ると言ったら?」
「言わないことをお勧めします。穏便にお願いしている内に済ませたほうが身のためですよ?」
「なにそれ。もしかして撃ち
禁則事項ですつもり?」
「そこまではしませんが、恐らく今日の観光は延期ですね」
「この街の警官は、罪もない女を平気で撃つわけ?」
「私に逆らったことが罪なんですよ」
スノーが一歩前に出た。
銃口がシャモンの爪先に狙いを定める。
そのまま、一抹の逡巡も見せずスノーは引き金を引いた。
銃声が空気を裂き、硝煙の匂いが流れ出す。
シャモンの足指を吹き飛ばす筈の銃弾は、床板に突き刺さっていた。
発射される寸前、アンがスノーの手を払ったのだ。
「どういうつもりです? 公務妨害ですよ?」
「ベッドを汚されたくないので」
「では外に引きずり出して撃ちましょう」
本当に実行しそうな口調で、スノーは言った。
アンの表情が歪む。心臓を押さえるように、右手が動いた。
「やめておいた方が、それこそ身のためですよ。……なにしろ彼女は人狼なので。撃てば直後に殺されます」
「……本当に?」
「ええ。狼退治は警官の仕事ではありませんよね」
「出来ないこともないですが……まぁそうですね」
応じながらも、スノーは銃を納めようとしなかった。
直後、ふと気付いたように彼女はアンの左手に目を向けた。
「その指輪は……?」
「彼女から贈られた物ですけれど」
「どういう意味を持つ物か、知ってますよね?」
「子供でも知っていますよ」
見せつけるように、アンは黒革の指輪をかざしてみせた。
無表情を貫いていたスノーが、眉をしかめる。
「……わかりました。ひとまず引きましょう。のちほど改めて伺いますので、話はその時に」
「こちらは特に話したいことなど、ありませんけれど」
「その時には気が変わっていると思いますよ。では」
言い捨てると、スノーは靴音荒く出ていった。
玄関扉が閉じられる。
即座にアンが声を上げた。
「シャモンさん、すぐに服を着てください!」
「どういうこと?」
「あの人は、仲間を引きつれて貴女を殺しに来るつもりです。逃げましょう。約束通り、私も同行します」
言いながら、アンは身仕度を整えていた。
毛布を解いて麻布の服を羽織り、手近の物を片端から鞄に詰めてゆく。猟銃に弾丸を込めるのも忘れなかった。
「どうやら、観光は延期みたいね」
冗談めかして言うと、シャモンは今日ふたつめの溜め息をついた。