…この研究所に所属して、何年経つだろうか?もうずっと、ここにいる気がする。
いつからここに居たっけ…と、思い出そうとして。頭に霞がかかる。ズキンと痛む。
痛いのは好きではないし、そんなに重要な事でもないだろう。俺は考えるのをやめた。
今日の実験中、何かが一つ、コロンと落ちた。
そういえば、こんな風に被検体を逃がした事があったな…と、考える。捕まえて、殺したんだっけ。
いや、逃げられた気がする。殺したかった、気がする。何でだっけか。後で聞いてみよう。
夕方だ。
今日もいつも通り、セトと窓際でくだらない話をする。茜色に染まるセトは、とても綺麗だと思う。
逃がした被検体の話をした。思い出せないんだ、と。セトはカタカタと笑った。
「過去の事なんか思い出して、どうするんですか?」
「思い出したところで、もう修正なんて効かないんですから。」
「そんなことより、未来の事を考えましょう。そういえば、先輩―――」
そうだな、と笑う。笑うセトは、光が反射して綺麗だ。ずっと大切にしているから。
セトが先輩と呼ぶから、きっと俺は先輩なんだろう。先輩は、後輩を守らなければ。大切な後輩。
大事な後輩。
大好きな後輩。
ふと、不安に駆られる。セトが目の前から消えてしまうのではないか、という根拠の無い不安。俺はさめざめと泣きながら、セトを抱きしめる。セトの体温を感じる。セトはなんやかんや言いながら、今日も受け入れるのだ。
毎日の通過儀礼と化した、くだらない事だけど。そんなくだらない事こそが、大切なのだと、今は思うのだ。
さあ、やる事が無くなった。帰ろう、帰ろう。セトと共に。繰り返す日常の終着点へ。始点へ。