最終的に手に入れたものは、平穏な日々だった。
ガタン、ゴトンと列車に揺られながら、ノエルは目を閉じる。
魔の干渉のない肉体に魂を入れ替える、なんて普通じゃありえないことをやってみせられた。魔法ってやっぱ凄いんだな、とボンヤリ考えてみる。
夜にフラフラと外を歩かなくてもいいし、血を見ても襲いたくならない。20年振りの“人間”としての生活は、懐かしく思う反面不思議だとも思った。
ーーバケモノでいた時間の方が人間でいた時間よりも人生の中で多いなんて、笑うよね。
ふー、と溜息を吐き、窓の外を見る。故郷がずいぶん遠くに見える。あの町は、どうなるのだろう。
一連の事件の犯人は自分だ、と言ってみても、思いの外反応が薄かった。それどころか、裏に取り込んだ人と共に俺たちも助けられないか、という話にまでなっていた。
あまりにも平和な脳だとノエルは思った。犯人を救助対象に入れてどうする。もっと軽蔑して、罵って、「死んでしまえ」と恨まれると思っていた。
悪い奴を悪い奴だと扱わないと。いい奴と一緒の扱いをしてしまうと、そのうち痛い目を見てしまうだろうに。
そういえば、あの男はあのまま放ってきても大丈夫だったのだろうか。また空腹でぶっ倒れてないだろうか。俺の店に置いてきた手紙は見てくれただろうか。……俺のこと、なかったことにしてくれるのだろうか。
グルグルと頭にそんな疑問が浮かぶ。でも、忘れよう。もう俺はあの村には戻らない。魔法で俺に関する全ての記憶を消してくれようがくれまいが、結局はもう会わない人たちだ。
日が暮れる。もう夜だ。眠ろう。
目が覚めたら、俺の新しい人生が始まる。
窓にもたれる。目を閉じる。ノエルという人間はもういない。
新しい名前は何にしようか。どこに行こうか。何をしようか。考えながら、ノエルの意識は深い闇の中にゆっくりと落ちていった。
ーーEND【隣に誰もいない世界】